大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)452号 判決

所論は上告人において再調査の結果、被上告人の許可申請書記載の事項と事実と相違する点が明白となつたから許可処分に要素の錯誤による違法を認め且かかる処分を存置するのは一般農民に対し悪影響があるので公益的見地から右処分の取消を断行したというのである。元来許可が行政庁の自由裁量に属するものであつても、それはもともと法律の目的とする政策を具体的の場合に行政庁をして実現せしめるために授権されたものであるから、処分をした行政庁が自らその処分を取消すことができるかどうか、即ち処分の拘束力をどの程度に認めうるかは一律には定めることができないものであつて、各処分について授権をした当該法律がそれによつて達成せしめんとする公益上の必要、つまり当該処分の性質によつて定まるものと解するのが相当である。ところで本件において都道府県知事は農地の賃貸借の当事者が農調法九条三項所定の許可を受けるために申請書を提出しても、その申請書の記載にはかかわりなく、同法施行令一一条所定の基準に従つて、当該賃貸人が自作を為すに必要な経済能力、施設等を有するかどうか、当該賃貸人の自作によつて当該農地の生産が増大するかどうか、更に賃貸借の解除、解約(合意解約を含む)又は更新の拒絶により当該農地の賃借人の相当な生活の維持が困難となることがないかどうか等諸般の事情を考慮して許可を与えることが相当であるかどうかを決しなければならないのである。それ故かりに右申請書に不実の記載があつても、行政庁は申請書の記載にかかわりなく、当事者双方に存する前記諸般の事情を勘案した上許可を与えることが相当であると決定することができるのであつて行政庁がその権限に基いて許可を与えれば、それによつてただに申請者だけが特定の利益を受けるのではなく、利害の反する賃貸借の両当事者を拘束する法律状態が形成せられるのである。それ故かような場合に、申請者側に詐欺等の不正行為があつたことが顕著でない限り、処分をした行政庁もその処分に拘束されて処分後にはさきの処分は取消しできないことにしなければ、農調法九条三項所定の法律行為について特に賃貸借当事者の意思の自主性を制限して、その効力を行政庁の許可にかからしめた法的秩序には客観的安定性がないことになつて、それでは却て耕作者の地位の安定を計る農調法の目的に副わないことになることは明である。されば所論のように、上告人において許可後に許可申請書記載の事項と事実とが相違することが明となつて、さきの許可を与えなかつた方がよかつたという見解に到達したとしても、それは上告人においてさきの調査が不充分であつたかも知れないという内部の事情に過ぎないことであつて、かかる事情の下においては、所論要素の錯誤を理由として農調法上の法的秩序に優位せしめなければならない程度にさきの許可を取消すべき公益上の必要あるものとはとうてい認めることができないと断ぜざるをえない。よつてかかる場合は行政処分によつてさきの処分を取消すことは許されないとした原判決は正当であつて論旨は理由がない。

同第二点、第三点について

原判決は本件農地は訴外清水敏正において買入れた上無償で控訴人に貸与したものであるという事実を認定した以上、之を使用貸借としたのは正当であり、更に進んで右使用貸借が国の買収処分前に消滅したことの証拠がないと認定したのであるから、控訴人は右買収処分による所有権移転当時には本件農地につき使用貸借上の権利を有していたと解したのもまた正当であつて、論旨は原判決と異る前提に立つて原判決を攻撃するに帰するから採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 霜山精一 栗山茂 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎)

上告代理人農地部長東海林稔、同農地課長真田秀雄の上告理由

第一点 原判決は充分なる審理を尽さざるため法律判断を誤り違法である。

原判決は「当事者の自治といふ事を原則とする私法関係に行政庁が干渉することを認め私法上の法律行為の効力発生を行政庁の許可にかからせるのは、けだし公益的見地からの考慮を私法関係の変動に反映させて、私法関係を適正にして公共の福祉に従うものたらしめようといふにあらうから、かかる趣旨からする行政処分がいつ取消されるかも知れないといふために私法秩序の根本的要素である法律関係の安定を害する結果を生ずるにまかせるならばそれは角をためて牛を殺す類であつて、その行政処分が私法上の法律行為の効力発生の要件たる農地調整法第九条第三項の農地の賃貸借の解除、解約、更新拒絶についての都道府県知事の許可は爾後取消を不可とするものと認められるので許可後一年余を経過しての取消はまさに違法な行政処分で、被控訴人(上告人)主張のような瑕疵の有無を審査するまでもなく取消をまぬかれない」としてゐる。

然しながら上告人は一旦なされた行政処分を濫りに職権を以て取消しすることは異議訴願等の不服申立方法が講ぜられてゐる場合を除いては許されないが、しかし行政行為の内容が法規に違反したとか又は公益を害するとか、若くは詐欺強迫その他の不正手段によつて行はれたとか、或ひは行政行為に要素の錯誤による違法があつたとか等、その成立に瑕疵があり且つその瑕疵が既定の法律秩序を破壊してその取消を必要とするだけの重大なる瑕疵若くはその取消を必要とするだけの大きな法律秩序の維持を必要とする場合であれば職権を以て取消し得るものであると解するものである。

本件についてみるに被上告人の申請により上告人が与へた許可に対し耕作者吉原九郎治より上告人を被告としてその許可処分の取消を求め前橋地方裁判所昭和二十三年行第一三号事件として繋属中、上告人に於て再調査の結果被上告人の前記許可申請書記載の事項と事実とは相違する点が明白となり、且つ乙第二号証の如く監督庁たる農林省の調査においてもこの点を指摘再検討方意見申入れがあつたにより、許可処分に要素の錯誤による違法を認め且つ農地改革強力実施の時期に於てかかる処分を存置する事は一般農民に対し悪影響があるので公益的見地より許可処分の取消を断行せるものである。

按ずるに農地調整法第九条第三項の許可は私法上の法律行為の効力発生の一つの要件ではあるが、許可によつて当然にその権利が発生するものではなくして当事者間を拘束した法鎖が除かれて当事者間が自由になつたに過ぎない、従つて更にこの許可に基き耕作者より農地の引渡を現実に受けなければならないのであつて、このため本件に於ては被上告人は吉原九郎治を被告として本件農地の返還請求の訴を高崎簡易裁判所へ提起したのである。

然るに右事件繋属中に上告人に於て要素の錯誤により前記許可処分の違法を認めてこれを取消したのであるから耕作権の帰属は未だ確定の段階に達してゐなかつたのであり、許可の取消は私法上の法律関係の安定を害する状態ではなかつたのである。

右の事情なるに拘らず原判決は、私法秩序の維持に重点を置くあまり行政的見地よりの判断に欠くるものあり一旦与へられた農地調整法第九条第三項の許可は爾後右行政処分の瑕疵の有無に関係なく取消得ずと断定して事実審理の要なしとせるは法律判断を誤り違法である。

第二点

原判決は「清水敏正は他に職業を有し農業に従うことは出来ないが、同人の妻である控訴人(被上告人)はもと農家に育ち耕作の能力あるものであるところから控訴人(被上告人)の農業経営に供する目的で本件土地を買入れ無償で之を控訴人(被上告人)に貸与したものであつて控訴人(被上告人)と所有者清水敏正との法律関係は使用貸借であることを認められる」とし「この使用貸借による権利は農地の所有権を国が取得する時一旦消滅するが、自作農創設特別措置法第十二条の二第二項の場合を除きその取得の時にその権利を有するもののために従前と同一の条件で設定されたものとみなされるのであるから控訴人(被上告人)は現に使用借人であつて本件行政処分の取消を求める法律上の利益を有するものといふべきである」としてゐる。

農地調整法第九条第三項の農地の賃貸借の解除、解約、更新拒絶の許可申請については申請者と相手方との関係を慎重に考慮検討せねばならないのであつて、本件についてみるに、被上告人が本件土地を吉原九郎治に賃貸したのはその家族員たる夫敏正の皮膚病罹患及び長男の徴用、次男の応召による一家の稼働力の減少によるものであり、賃貸借解約の理由は之亦右事情の消滅による稼働力の増加を理由とすることは甲第七号証により明白で又原審証人清水敏正が「一家の手不足により妻に苦労をかけられないと考へ吉原に三年以内の契約で貸した」と証言してゐる事等考へれば明白に被上告人とその夫清水敏正とは同一の世帯において相協力して家業に従事しておつたものであつて両者の関係は経済的に一体をなしており、従つて被上告人の耕作は夫敏正との使用貸借に基くものではなく、所謂代理占有により耕作してゐたと解すべきである、かく解せず原審判示の如く解せば本件農地につき夫清水敏正は地主でありその妻たる被上告人は小作人の関係にあり、地主の病気により小作人は自己の耕作地を他に転貸し、地主の病気回復により転貸借契約の解除、解約をなすが如き不可解な関係を認めて転借人を不当に圧迫する事になり、法の予期せざる結果となるのである、果して然らば買収により本件農地の所有権を国が取得する時において被上告人は本件農地を使用する固有の権利を持たないので自作農創設法第十二条第二項の適用はないものと考へられる。

第三点

原判決は「買収の時期について争があるのにこれを確定するに足りる証拠はないが、結局昭和二十二年十二月二十六日以前である限りに於て争はないといふ事が出来る、而して前記認定の使用貸借が右買収処分による所有権移転前に消滅した事の証拠のあらわれない本件に於ては右所有権移転当時控訴人(被上告人)は本件農地につき使用貸借上の権利を有してゐたと認めるのほかない」としてゐる。

自作農創設特別措置法による農地の買収に於て政府がその所有権を取得する時期は同法第十二条第一項に明かな如く買収令書に記載された買収の時期又は公告した買収の時期であつて、原審判示の如く昭和二十二年十二月二十六日以前であると認定しても現実にその時期が農地調整法第九条第三項の許可のあつた昭和二十二年十一月十二日の前後により被上告人の使用貸借上の権利に消長があるのであつてこの重大なる点に関し充分なる検討がなされてゐないのは甚だ失当である。

殊に、被上告人はその夫敏正と共に本件土地の買収令書を受けてゐなかつたための錯誤であつたからと、本件農地の買収期日を昭和二十二年十月二日より同年十二月二十六日に訂正し、成立に争ひのない甲第十四号証の二、請求原因に対する答弁四の記載事項を援用してゐるが右の甲第十四号証の二は甲第十四号証の一に対して提出せる答弁書で農地買収についての所有権移転の時期についての四の見解が自作農創設特別措置法第十二条第二項に徴し誤りである事明瞭であつて、このために上告人は本件に於ては終始昭和二十二年十月二日を主張してゐるに拘らず買収令書発行日たる昭和二十二年十二月二十六日を一時期として採用されたるは採証を誤り違法である。

以上により原判決は破毀すべきものと信ずる。 以上

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